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神戸地方裁判所姫路支部 昭和48年(ワ)161号 判決

兵庫県加東郡滝野町一二二〇の一番地

原告

藤井電工株式会社

右代表者代表取締役

藤井勉

右訴訟代理人弁護士

佐藤幸司

久保田寿一

右原告輔佐人弁理士

角田嘉宏

大阪市東淀川区堀上通二丁目四六番地

被告

サンユー株式会社

右代表者代表取締役

佐々木忠男

右訴訟代理人弁護士

小松正次郎

右訴訟復代理人弁護士

小松陽一郎

主文

一  原告の請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一億〇、五七二万八、五〇〇円及び内金三、一五〇万円に対する昭和四七年九月一日から、内金七、四二二万八、五〇〇円に対する昭和五五年二月一九日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は別紙第四及び第五記載の柱上安全帯尾錠を製造販売してはならない。

3  被告は、その本店、営業所及び工場に存する前項記載の物件及びその半製品を廃棄せよ。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(実用新案権について)

1 原告は昭和五四年二月一七日をもつて存続期間の満了した左記実用新案権(以下、「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の権利者であつた。

登録番号 第九三六一二二号

名称 柱上安全帯尾錠

出願日 昭和三九年二月一七日

(昭和三九年願書第一一〇二〇号)

公告日 昭和四五年八月一二日

(昭和四五-二〇〇四五号)

登録日 昭和四六年八月二日

登録請求の範囲 別紙第一のとおり

2 本件考案の構成要旨

本件考案の構成要旨は、別紙第一に記載のとおり、

(一) 上下両辺部1、2の裏側に相対向して内側に向く横溝3、4を設けた近似横日字型尾錠基板5の中辺部13をベルト基端部取付用の支持板とし、その尾錠基板5の右側ベルト挿通孔6の右側縁部を左方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部7を形成し(以下、これを単に基板の構成という)、

(二) ベルト挿通孔8の左側縁部を右方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部9を形成すると共にその挿通孔8の右側縁部25を突出片部9の平歯24の右端の直下又は夫れよりも左方にあらしめて成るベルト掛止用の摺動板10を強固に構成し(以下、これを単に摺動板の構成という)、

(三) これを上記の尾錠基板5に、その横溝3、4に嵌合させることによつて結合し、以て摺動板10を尾錠基板の右側べルト挿通孔6内に左右摺動自在に取付けて、摺動板の突出片部9をベルト基板の突出片部7と対峙させて成る柱上安全帯尾錠(以下、これを組合せによる対峙構成という)、であり、結局本件実用新案は、基板の構成、摺動板の構成、組合せによる対峙構成を有機的に結合した考案である。

3 本件考案の作用効果

(一) ベルトは挿通孔8内でくの字に曲げられて右側縁部25との接触が強くなり、且つベルトが右方向すなわち矢符C方向に引張られた際にその張力に比例して摺動板10を同じ右方向すなわち矢符d方向に摺動させる作用も強くなる。

(二) 右ベルトによる引張作用と摺動板10の摺動作用とによつて摺動板10の添板突出片部9平歯面がベルトを尾錠基板5の突出片部7へ強く押付けるためにその押圧に基づく摩擦でベルトが緩む方向へ移動し得ないから尾錠の掛止力が強くなる。

(三) 尾錠基板5の横溝3、4、又尾錠基板5の右側縁部表側の傾斜突出片部7及び摺動板10の添板14右側縁右方延長部表側傾斜突出片部9の形成は、いずれも相対峙してベルト掛止作用を強くすると共に引張ひずみに対する強度すなわち曲げ剛性が高くなつているから、高荷重においても変形することなく耐久性のある尾錠が得られる。

(四) 従つて、本件考案の尾錠は、構造的に安全強度が高く、製作も容易にして耐久力に富み、着脱操作も確実容易で、更に掛止めに際してベルト織地を損傷することなく、又ベルトが急激に強く引張られても滑り抜けるおそれもなく安全確実な効果があり、柱上安全帯用尾錠として適格性がある。

4 被告は昭和四一年八月ごろから、別紙第二記載の物件(以下、それを「イ号物件」という。)を業として製造、販売している。

イ号物件の柱上安全帯尾錠の構成は、別紙第二に記載のとおり、

(一) 上下両辺部1'、2'の裏側に相対向して内側に向く横溝3'、4'を設けた近似横日字型尾錠基板5'の中辺部13'をベルト基端部取付用の支持板とし、その尾錠基板5'の右側ベルト挿通孔6'の右側縁部を左方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部7'を形成し(以下、これを基板の構成という。)、

(二) ベルト挿通孔8'の左側縁部を右方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部9'を形成すると共にその挿通孔8'の右側縁部25'を突出片部9'の平歯24'の右端の直下にあらしめて成るベルト掛止用の摺動板10'を強固に構成し(以下、それを摺動板の構成という。)、

(三) これを上記の尾錠基板5'に、その横溝3'、4'に嵌合させることによつて結合し、以て摺動板10'を尾錠基板の右側ベルト挿通孔6'内に左右摺動自在に取付けて、摺動板の突出片部9'をベルト基板の突出片部7'と対峙させ(以下、これを組み合せによる対峙構成という。)、

(四) 前記尾錠基板5'の横溝3'、4'に各々嵌合するバネ保持片26'、26'を両端部に設けた中間片27'を尾錠基板5'の中辺部13'の裏側に添わして固着し、バネ保持片26'、26'が嵌合している部分の横溝3'、4'に摺動板10'をベルト締着方向へ押圧するバネ28'、28'を設けた柱上安全帯尾錠(以下、これをバネ構成という)、

であり、結局前記尾錠基板の構成と摺動板の構成と組合せによる対峙構成に、更にバネ構成を附加したものである。

なお、尾錠基板5'をやや湾曲させているのは、設計上の変更であつて、構成(構造)ではない。

5 イ号物件の作用効果

イ号物件の作用効果は、前記3で述べた本件考案の作用効果のすべてを具備したものである。

6 本件考案の構成とイ号物件の構成の対比

本件考案の構成とイ号物件の構成を対比すれば、すでに述べた両者の構成から明らかなように次のとおりである。

(一) 基板の構成は同一である。

(二) 摺動板の構成は同一である。

(三) 組合せによる対峙構成は同一である。

(四) 本件考案にはバネ構成がなく、イ号物件にはバネ構成が附加されている。

(五) 本件考案では、基板について平らであるとか湾曲とか特に限定していないが、本件考案の実施品である原告の製品は基板が平らであり、イ号物件は基板がやや湾曲している。

結局右(四)のバネの構成の有無と、右(五)の基板がやや湾曲しているか否かの二点が相違することになる。

7 前記二つの相違点と本件考案との関係

(一) 前記相違点バネ構成については、いわゆる摺動板をベルト締着方向へ押圧するバネ28'をバネ保持片27'によつて尾錠基板の裏側に取付けたものであり、そのバネ構成を設けることによつて、本件考案の構成要件たる基板の構成、摺動板の構成、組み合せによる対峙構成及び本件実用新案の作用効果が変ることがないから、このバネ構成は本件考案の構成要件に単に附加したに過ぎない。

このバネ構成の作用としては、摺動板をベルト締着方向へ常時押圧しているが、この押圧によつてはベルト締着強度の増大は期待できない。

仮に、バネ構成に何んらかの考案があるとしても、本件実用新案権の権利の利用に過ぎないものである。

(二) 前記相違点基板の湾曲については、いわゆる基板を身体に添うようにやや湾曲させているが、これにより実質的に尾錠そのものの構造及び作用効果が変ることがないので、単なる設計の変更に過ぎない。

(三) 従つてイ号物件は本件実用新案権の権利範囲に属する。

(意匠権について)

8 原告は左記のとおり意匠公報に記載され、その旨登録された意匠権(以下、「本件意匠権」といい、その登録にかかる意匠を「本件意匠」という。)の権利者である。

登録番号 第三一九一一三号

意匠にかかる物品 護身用ベルト

出願日 昭和四一年九月一〇日

(意願昭四一-二八一八四)

登録日 昭和四五年八月一三日

登録意匠 別紙第三のとおり

9 本件意匠の範囲は、護身用ベルトに取付けるための尾錠の形状に係るものである。

10 被告は別紙第四及び第五記載のとおりの護身用ベルトに取付けるための尾錠を製造、販売しており、右各物件は本件意匠と類似の意匠を用いている。

(損害について)

11 被告は、別紙第二及び第四記載の物件が、本件実用新案権及び意匠権の権利範囲に属することを知りながら、昭和四五年八月一三日から昭和五四年二月一七日までの間に、右物件を少くとも二〇万二、二九〇個製造、販売し、一個につき少くとも金五〇〇円、合計金一億〇、一一四万五、〇〇〇円の利益を得、原告に右と同額の損害を与えた。

12 被告は、右期間中、別紙第五記載の物件を少くとも九万一、六七〇個製造、販売し、一個につき少くとも金五〇円、合計金四五八万三、五〇〇円の利益を得、原告に右と同額の損害を与えた。

よつて、原告は被告に対し、本件実用新案権及び本件意匠権を侵害されたことに基づく損害金として、金一億〇、五七二万八、五〇〇円及び内金三、一五〇万円(前記11の損害のうち昭和四五年八月一三日から昭和四七年七月二五日までの分)については本件訴状送達の日の翌日から、内金七、四二二万八、五〇〇円(前記11の損害のうち昭和四七年七月二六日から昭和五四年二月一七日までの損害と前記12の損害)については請求を拡張した原告の昭和五五年二月一八日付準備書面送達の日の翌日から、それぞれ完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めると共に、本件意匠権に基づき、別紙第四及び第五記載の物件の製造、販売の差止め及び廃棄処分を求める。

二  請求原因に対する認否

(実用新案権について)

1 請求原因第1項の事実は認める。

2 請求原因第2項の事実は争う。

3 請求原因第3項の事実は、かかる事実が本件実用新案権の明細書の一部に存することは認める。

4 請求原因第4ないし第7項の事実は否認若しくは争う。

(意匠権について)

5 請求原因第8項の事実は認める。

6 請求原因第9、10項の事実は否認する。

(損害について)

7 請求原因第11、12項の事実は争う。

三  被告の主張及び抗弁

(実用新案権について)

1 被告の製造、販売している製品は別紙第六記載のとおりであり(以下、「被告第一製品」という。)、次の理由から、本件実用新案権の権利範囲に属しない。

(一) 本件考案の構成は(算用数字は全て別紙第一の添付図面に基づく。)、

(1) ベルト挿通孔8の右側縁部25を突出片部9の平歯24の右端の直下又はそれよりも左方にあらしめてなるベルト掛止用の摺動板10を強固に構成すること、

(2) 摺動板10の突出片部9をベルト基板5の突出片部7と対峙させること、

にあり、右構成要件中、(2)の構成は本件実用新案権の出願前既に公知公用のものであつたから、(1)の構成のみが本件考案の要旨である。このことは、後記(2(一)、(二))の、本件考案が登録されるに至つた経緯に徴しても明らかである。

(二) 本件考案の作用効果は右(1)及び(2)の構成要件に基づくものであるが、右(1)の構成要件に基づく作用効果が本件考案の主要な作用効果である。

(三) 被告第一製品は、別紙第六記載のとおり、「摺動板の挾着縁部とその反対縁部は、いずれも表側に傾斜突出させ、ベルト挿通孔の右側縁部を挾着縁の右端の直下よりa(約二ミリメートル)だけ右方にあらしめ、基板における摺動板と反対側の一辺部の内側に傾斜片を突設した尾錠」であつて、本件考案の必須不可欠の要件たる前記(1)の構成を欠いており、したがつて、右(1)の構成による作用効果も有していない。

(四) 故に、被告第一製品は本件考案の必要不可欠の要件を欠いていることになるので、その権利範囲に属さない。

2 権利濫用

(一) 本件実用新案権は、昭和三九年二月一七日付で、前記(2)の構成のみをもつて出願されたが、昭和四一年一一月二八日付で「当業者が極めて容易になしうる。」との理由で拒絶査定を受けた。

(二) 右拒絶査定に対し、昭和四二年一月一九日、原告は審判請求をなし、その審判手続中において、昭和四四年八月二八日までに前記(1)の構成を出願当初の明細書及び図面に、手続補正書をもつて追加し、右構成が認められて、昭和四五年八月一二日出願公告となり、昭和四六年八月二日登録となつたものである。

(三) 右(1)の構成は本件実用新案権出願当初の明細書及び図面には記載されておらず、右明細書、図面から当然読みとれるような自明の事項ではないから、右昭和四四年八月二八日になされた手続補正は本件考案の出願当初の要旨を変更したものである。右変更した手続補正書に基づいて本件考案の出願公告及び登録がなされ、しかも右補正は登録後に発見されたものであるから、本件考案は、実用新案法第九条、特許法第四〇条により、右要旨変更がなされた昭和四四年八月二八日に出願したものと見なされることになる。

(四) してみると、右昭和四四年八月二八日現在においては、前記(1)及び(2)の構成及びその結合の構造も、いずれも公知のところであつたから、本件考案は出願前公知のものというべく、その権利行使は権利の濫用として許されない。

3 通常実施権

本件考案が昭和四四年八月二八日に出願したものと見なされるべきことは右2(一)ないし(三)で述べたとおりである。

被告は昭和四一年二月ころ(原告は一、請求原因4項の冒頭で、「昭和四一年八月ごろから」被告製品が出廻つている旨主張しているので、右時期の点において、被告はこれを援用する。原告が右時期を争うことは自白の撤回となるので異議がある。)から被告第一製品を製造、販売しているから、被告は適法に先使用による通常実施権を有している。

(意匠権について)

4 被告製品(その形状は検乙第一号証及び同第三号証として提出したところと同一であり、原告の主張する別紙第四に記載の尾錠に相当すると考えられる製品は前記実用新案権についてのところで主張した被告第一製品と同一製品であるので、意匠権の関係でも、これを被告第一製品といい、別紙第五に記載の尾錠に相当すると考えられる製品を「被告第二製品」という。)は、本件意匠にの権利範囲には属さない。

即ち、本件意匠は、その意匠に係る物品が「護身用ベルト(完成品)」であるのに対し、被告第一、第二製品は、いずれも尾錠(部品)である。完成品と部品とは、意匠法上全く非類似の物品であるから、被告第一、第二製品は本件意匠に対し、非類似物品であつて、その権利範囲に属しない。

5 権利濫用

本件意匠は、昭和三九年八月発行の「みどり会会員カタログ」に掲載されて、既に公知公用となつている原告の「ニチレナイロン藤井ツヨロン柱上安全帯」の形状と同一性を有する形状のものであり、又、本件意匠は出願前、既に、原告の規格、仕様書等にも記載されていたから、いずれにせよ本件意匠は、その出願前すでに公知公用であつたものであり、その権利行使は無効原因を内蔵する権利の行使であつて、権利の濫用である。

6 本件意匠と被告第一、第二製品は形状非類似である。

本件意匠と被告第一、第二製品の形状を比較すると、別紙第七のとおりの差異があり、一般需要者を基準として混同のおそれはなく、形状非類似であつて、右各製品は本件意匠の権利範囲に属しない。

7 通常実施権

被告は、被告第一製品を昭和四一年二月ころ以降、被告第二製品を昭和四一年五月ころ以降、それぞれ善意で製造、販売してきているから、先使用による通常実施権を有する。

四  抗弁に対する認否及び反論

(実用新案権について)

1 被告の主張1について

被告第一製品が、「ベルト挿通孔の右側縁部を、挾着部の右端の直下よりa(約二ミリメートル)だけ右方にあらしめ、」という構造を有するか否かは不知であり、又、仮に、そのような差異があるとしても、それは空間的な間隔であつて、それも使用ベルトの厚みよりも小さい間隔であるから、右相違点は本件考案の「単なる設計の変更」に過ぎず、それがため本件実用新案権の権利範囲に属さないというものではない。

2 被告の主張2について

被告の主張2(一)及び(二)の事実は認め(但し、実用新案登録請求の範囲の補正は、昭和四二年一月一九日付の審判請求書及びそれに添付した訂正書によつて行つたものであり、被告主張の昭和四四年八月二八日にした手続補正書によるものではない。)、同(三)及び(四)の事実は否認する。

右補正にかかる事項は、本件考案出願当初の明細書に記載した目的、構成、作用効果及び図面を、当業者が客観的に判断すれば、出願時点において自明の事項であつて、それを後において実用新案登録請求の範囲を補正して限定付加したことは、実用新案法第九条、特許法四一条に基づく補正であり、要旨の変更にはならず、したがつて、本件考案の出願日の繰り下りはない。

3 被告の主張3について

被告が昭和四一年二月ころから被告第一製品を製造、販売していたことは否認する。被告製品が出廻るようになつたのは昭和四三年ごろからである。又、本件考案の出願日の繰り下りがないことは右2で述べたとおりである。

(意匠権について)

4 被告の主張4について

本件意匠の範囲は、護身用ベルトに取付けるための尾錠の形状に係るものであるから、被告の右主張は理由がない。

5 被告の主張5について

被告主張のカタログに掲載の写真は柱上安全帯一組を表わしたものであり、バックルの一部はベルトにより隠されており、しかも、単に一面のみをとつた写真であるから、これからバックル全体の意匠を把握することは困難である。したがつて、右写真からは、本件意匠が出願前公知公用であつたとはいえない。

又、規格、仕様書等はメーカーと需要者の二者間において取り決めるものであるから、第三者に判るものではなく、広く頒布される性質のものでもないから、この記載をもつて公知公用とはいえない。

6 被告の主張6について

被告は本件意匠と被告第一、第二製品との相違点を個々詳細に主張するが、意匠の類似判断は物品の外観を全体観察による総合判断によつてしなければならず、外部に現われない構造的な部分は意匠の類似判断の対象にならない。この観点から、本件意匠と被告第一、第二製品を対比すると、内蔵的なものは排除され、外面に出ている部分の形状が比較の対象となるから、両者の相違点は仔細な部分的なものであり、被告両製品は本件意匠の類似の域を出ないもので、権利範囲に属することは明らかである。

7 被告の主張7について

右被告の主張事実は全て否認する。本件意匠の出願日当時においては被告第一製品及び被告第二製品は、いまだ、被告において製造、販売されておらず、これら製品に改良される以前の尾錠が製造、販売されていたにすぎない。

第三  証拠

一  原告

1  甲第一ないし第五号証、第六号証の一の一ないし三、同号証の二の一ないし三、同号証の三の一ないし三、同号証の四の一ないし三、同号証の五の一ないし三、同号証の六の一ないし三、第七ないし第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二ないし第一九号証(うち甲第一六号証は乙第四号証と同旨)、第二〇号証の一ないし三、第二一号証、第二二号証の一ないし四、第二三、二四号証

2  証人河合季鷹、同小紫庸良(第一ないし第三回)

3  検甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第九号証(検甲第一号証の一は、本件実用新案による原告の柱上安全帯尾錠。同号証の二は、右の一部を切除いたもの。同第二号証は、原告が本件実用新案後、新たに考案したとして出願したが、登録を拒絶された柱上安全帯尾錠。同第三号証の一は、被告製造販売の別紙第二及び第四記載の柱上安全帯尾錠。同号証の二は、右の一部を切除いたもの。同第四号証は、被告の以前の製品。同第五号証は、被告製造販売の別紙第五記載の尾錠。同第六号証は、乙第三号証の三の実用新案公報に基づき原告が試作したもの。同第八号証は被告の旧建設用安全帯尾錠。同第九号証は原告の本件実用新案の実施品。)

4  鑑定

5  乙第一四号証の表紙部分にある「技術部阪口寛」との記載部分及び「阪口との印影」並びに乙第一五号証の表紙右上部分にある「先川」及び「松本」との各印影の成立はいずれも不知であるが、右各乙号証のその余の部分及びその余の乙号各証の成立は全て認める。

検乙第一ないし第三号証がいずれも被告製品であることは認める。

二  被告

1  (乙第一、第二号証は欠番)乙第三号証の一ないし三、第四(甲第一六号証と同旨)、五号証、第六号証の一ないし二八、第七号証の一ないし八七、第八号証の一ないし五三、第九号証の一ないし七六、第一〇号証の一ないし四、第一一号証の一、二、第一二ないし第一九号証、第二〇号証の一、二、第二一ないし第二六号証、第二七、二八号証の各一ないし三、第二九号証の一ないし四、第三〇ないし第三二号証、第三三号証の一ないし三、第三四ないし第三七号証

2  証人永島常次郎(第一、二回)、同山本彌市、同室井良樹

3  検乙第一ないし第三号証(検乙第一号証は被告第一製品、同第二号証は同第一号証の一部を切除いたもの、同第三号証は被告第二製品)

4  甲第一八号証、同第二〇号証の一ないし三、同第二二号証の一ないし四の成立はいずれも不知であるが、その余の甲号各証の成立は全て認める。

検甲第四、五号証が原告主張のとおりの製品であることは認めるが、その余の検甲号各証については不知。

理由

第一  実用新案権について

一  請求原因第1項の事実(原告が本件実用新案権の権利者であつたこと、又その登録請求の範囲が別紙第一記載のとおりであつたこと。)は当事者間に争いがない。

二  右登録請求の範囲の記載からすれば、本件考案は、請求原因第2項のとおり、(一)基板の構成、(二)摺動板の構成、(三)組合せによる対峙構成に区分説明できることは明らかである。

三  そこで被告の製品(原告の主張するイ号物件及び被告の主張する被告第一製品)について検討するに、証人小紫庸良(第一、二回)の証言により被告の製品と認められる検甲第三号の一、二(但し、検甲第三号証の二は尾錠内部の構成を明らかにするため、原告において検甲第三号証の一の一部を切開いたもの。)及び被告の製品であることにつき当事者間で争いのない検乙第一、第二号証(但し、検乙第二号証は右同様の目的で、被告において検乙第一号証の一部を切開いたもの。)によれば、右両物件は後記のとおり(後記三、2参照)、わずかの差異は認められるが、製品としては同一のものであつて(したがつて、以下、単にこれを「被告製品A」という。)、その構成は次のとおりであると認められ、この認定を左右するに足りる証拠は存しない(算用数字は全て別紙第二添付図面のそれを指す。)。

1  上下両辺部1'、2'の裏側に相対向して内側に向く横溝3'、4'を設け、上、下両辺部1'、2'を人体腹部に適合し得るように裏側にやや湾曲させた近似横日字型尾錠基板5' の中辺部13'をベルト基端部取付用の支持板とし、その尾錠基板5'の右側ベルト挿通孔6'の右側縁部を左方へ延長して表側に傾斜突出片部7'を形成し(基板の構成)、

2  ベルト挿通孔8'の左側縁部を右方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部9'を形成すると共にその挿通孔8'の右側縁部25'を突出片部9'の平歯24'の右端の直下より6(この部分の構成が明らかである前記検甲第三号証の二と検乙第二号証を対比するとき、この6の距離が検甲第三号証の二では一ミリメートル程度、検乙第二号証では二ないし三ミリメートル程度と認められ、この点に差異があるが、その原因が被告製品にばらつきがあるのか、右各検証物に何らかの作為が加えられているのか明らかでない。しかし、いずれにせよ、右6の値として一ミリメートル程度以上の距離があることは明らかである。)だけ右方にあらしめて成るベルト掛止用の摺動板10'を強固に構成し(摺動板の構成)、

3  これを上記尾錠基板5'に、その横溝3'、4'に嵌合させることによつて結合し、以つて摺動板10'を尾錠基板の右側ベルト挿通孔6'内に左右摺動自在に取付けて、摺動板の突出片部9'をベルト基板の突出片部7'と対峙させ(組合せによる対峙構成)、

4  前記尾錠基板5'の横溝3'、4'に各々嵌合するバネ保持片26'、26'を両端部に設けた中間片27'を尾錠基板5'の中辺部13'の裏側に添わして固着し、バネ保持片26'、26'が嵌合している部分の横溝3'、4'に摺動板10'をベルト締着方向へ押圧するバネ28'、28'を設けた柱上安全帯尾錠(バネ構成)。

四  右第二、第三項で検討したところからすれば、本件考案と被告製品Aとの差異は、(一)基板について、本件考案は基板が平らであるとか湾曲しているとかを何ら限定していないのに対し、被告製品Aは基板が人体腹部に適合し得るように裏側へ湾曲している点、(二)摺動板の構成において、本件考案が挿通孔8の右側縁部25を突出片部9の平歯24の右端の直下又はそれよりも左方にあらしめている(以下、これを「摺動板の左方構成」という。)のに対し、被告製品Aは挿通孔8'の右側縁部25'を突出片部9'の平歯24'の右端の直下から6だけ右方にあらしめている点、(三)本件考案にはバネ構成がないのに対し、被告製品Aにはバネ構成が存する点、の以上三点にあり、その余の基板の構成、摺動板の構成及び組合せによる対峙構成は同一であるということになる。

五  そこで、本件実用新案権の技術的範囲について検討するに、本件考案の構成要件は既に述べたところであり、これと成立に争いのない甲第一号証(実用新案公報)の考案の詳細な説明の記載によれば、本件考案は柱上安全帯に用いる尾錠の改良に関する考案であり、人体落下の急激な衝撃荷重が安全ベルトの尾錠部へ集中する可能性があるため、その掛止機能を堅牢確実にして、墜落事故が発生した場合命網を通して安全ベルトへの急激な高衝撃が作用するのを充分ささえ、人命を惨害から防ぐに足る能力を備えると共に、急を要する場合に着脱が簡便であるという諾条件を満足し得るようにした構造のものであると認められ、その登録に至る経緯につき、被告の主張2(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがなく、右事実と前記甲第一号証、いずれも成立に争いのない甲第三号証、同第一二ないし第一六号証、同第二四号証、乙第四号証、同第一〇号証の一ないし四、同第一一号証の一、二、同第一七号証、証人小紫庸良の証言(第二回)により成立の認められる甲第二〇号証の一ないし三、同証言(第一、二回)、証人永島常次郎の証言(第一回)によると、(一)原告は昭和三九年二月一七日、本件実用新案権の登録出願したが、その登録願書の登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の各記載には、その考案の構成要件としては、基板の構成、組合せによる対峙構造は本件考案と同一であるが、摺動板の構成については、「ベルト挿通孔(8)の左側縁部を右方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部(9)を形成する」とのみ記載があり、本件考案に見られる摺動板の左方構成に関する記載が欠除していたこと(もつとも、その縦断側面図は右摺動板の左方構成を充足しているかのように描かれているが、右出願時の登録請求の範囲等の記載からして、原告において当時この構成を意識していたか否かは疑わしい。)、(二)右出願に対し、審査官は、昭和四一年三月一二日付で、「右考案は、実用新案出願公告昭二五-三二四四号公報記載の考案に基づいて、その出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有するものが、極めて容易に考案できたものと認める。」、との拒絶理由通知を発したこと、(三)これに対し、原告は昭和四一年五月一六日付で意見書及び訂正書を提出し、その中で、拒絶理由通知書引用の考案との差異を強調しているが、その要旨は組合せによる対峙構造上の差異及び使用目的による掛止め機能の堅牢確実さ、着脱簡便さの差異にあり、出願にかかる考案自体の説明には基本的な変更はなく、拒絶理由通知書引用の考案にもない摺動板の左方構成には何ら触れることはなかつたこと、(四)かかる経緯を経た後、右出願にかかる考案は、昭和四一年一一月二八日付で「右考案は基板と摺動板の対峙する部分に傾斜突出片部を設けた点で拒絶理由通知書引用の考案と相違するが、効果において格別差異は認められず、この出願にかかる考案は右引用にかかる考案に基づいて当事者が極めて容易になし得る。」との理由で拒絶査定されたこと、(五)原告は右査定に対し昭和四二年一月一九日付で審判請求し、その理由の中で、初めて摺動板の左方構成及び該構成によるベルト挾持力増大という作用効果を主張し、同時に提出した訂正書でもつて、とりあえず登録請求の範囲のみを本件考案実用新案公報の当該部分の記載の如く訂正し、その後昭和四四年八月五日付及び同月二八日付各手続補正書でもつて、明細書全体及び図面の一部を本件考案の実用新案公報記載の如く補正したところ、これが昭和四五年八月一二日付で出願公告されたこと、(六)右公告に対し、昭和四五年一〇月六日付及び同年一一月九日付で訴外永島常次郎から、右公案は公知技術を寄せ集めたものに過ぎないとの登録異議申立がなされたが、右申立は昭和四六年三月一五日付の決定で、「本件考案は摺動板の左方構成が構成上の重要な点であり、他の考案にはかかる構成は認められない。」、との理由で理由がないものとされ、本件考案は同年八月二日登録されたこと、(七)右登録された本件実用新案権に対して、その後、訴外三興編物株式会社から、本件考案は出願前すでに公知の技術から容易に考案できること及び前記原告の拒絶査定不服の審判中における補正が要旨の変更に当り、出願日は右の時点に繰り下ることを理由として登録無効審判の請求がなされたが、右請求も、摺動板の左方構成には新規性があり、著しい作用効果を奏するものである等の理由により棄却されたこと、以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定したところに照らせば、本件考案は摺動板の左方構成を除くその余の構成は公知若しくは当業者において極めて容易に考案し得る域を出ないものであるが、右摺動板の左方構成という点に考案としての価値が認められて登録となつたものであることが明らかである。してみると、本件実用新案権の要旨は、実質的にみて、摺動板の左方構成にのみ存するものと解するのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

六  そうだとすれば、被告製品Aが摺動板の左方構成という構成を欠如していることは前述のとおりであるから、これが本件実用新案権の権利範囲に属しないことは明らかである。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求中、本件実用新案権に基づく部分はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第二  意匠権について

一  請求原因第8項の事実(原告が本件意匠権の権利者であること及びその登録にかかる意匠)は当事者間に争いがない。

二  前記(第一、三)検甲第三号証の一及び検乙第一号証(前記のとおり、検甲第三号証の二と検乙第二号証とを対比した際、摺動板の左方構成に微妙な差異が見られたので、このことからすると、右検甲第三号証の一と検乙第一号証と間にもそれと同様の差異があるものと考えられるが、その差異は外観からは区別し難いので、両物件は意匠的には同一と認められる。以下、意匠権の関係でも「被告製品A」という。)並びに被告の製品であることにつき当事者間で争いのない検甲第五号証及び検乙第三号証(同一物件と認められる。以下、「被告製品B」という。)によれば、被告製品Aの意匠は大略別紙第四に、被告製品Bの意匠は大略別紙第五に、それぞれ、記載のとおりであると認められ、これに反する証拠はない。

三  そこで、右被告製品A、Bが本件意匠権の権利範囲に属するか否かにつき、被告の主張に沿い順次検討する。

まず、被告の主張4についてであるが、本件意匠権がその意匠公報中の意匠に係る物品名として、「護身用ベルト」と表示され、その旨登録されていること及び被告製品がいずれも「尾錠」であることは当事者間に争いがなく、「護身用ベルト」と「尾錠」とが意匠法七条、同法施行規則五条別表一により異なる物品とされていることは公知のところである。

してみると、被告の前記主張も理由があるやに思われるが、本件意匠権の登録に至る経緯やその意匠公報の記載内容等につき仔細に検討してみるに、成立に争いのない甲第二号証、同第四号証、同第九、一〇号証、同第二一号証、証人小紫庸良の証言(第三回)及びこれにより成立の認められる甲第二二号証の一ないし三並びに鑑定の結果を総合すると、(一)原告は本件意匠につき、昭和四一年九月一〇日付で、意匠に係る物品名を「柱上安全帯尾錠」として、登録出願し、同月三〇日付で意匠の説明部分につき若干の手続補正を経ていたところ、昭和四五年三月一六日付で、右出願は意匠法七条の要件を満たしていない等の理由で拒絶理由の通知を受け、その拒絶理由通知書の中で、意匠に係る物品の項を「護身用ベルト」と補正するならば登録される可能性もあるかの示唆を受けたため、同年四月二二日付意見書に代えた手続補正書でもつて、同項を「護身用ベルト」と訂正する他平面図の一部を訂正したところ右各訂正が認められて、本件意匠は「護身用ベルト」に係る意匠として登録されたこと、(二)右経過における原告提出の意匠登録願及び意見書に代えた手続補正書中の意匠の説明及び添付図面はいずれも尾錠そのものについてであつて、原告としては、一貫して、右訂正部分の他は本件意匠を柱上安全帯の尾錠についての意匠であると主張していたこと、(三)本件意匠の意匠公報には、意匠に係る物品として護身用ベルトと表示されているものの(この点については当事者間で争いがない。)、その説明には「……護身用ベルトに取付けるための尾錠である。」との記載があり、図面も全て尾錠そのものの図面であること、(四)昭和四三年四月二六日、前記三興編物株式会社が意匠に係る物品を「柱上安全帯用バックル」として意匠登録出願したところ、右意匠は本件意匠に類似するとの拒絶理由通知があつたこと、(五)昭和四六年七月三日付及び昭和四七年七月三一日付で原告が本件意匠の類似意匠として登録出願し、その旨登録された意匠(意匠登録番号三一九一一三の類似一及び二)の意匠公報には、その意匠に係る物品として「バックル」と記載されていること、以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件意匠権は護身用ベルトの尾錠に係る意匠として意匠登録されているものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

してみると、本件意匠が護身用ベルトの意匠であることを前提とする被告の前記主張は理由がないものといわねばならない。

四  次に被告の主張5について検討する。

1  まず、同主張前段部分(公知意匠たる「ニチレナイロン藤井ツヨロン柱上安全帯」の形状と同一との主張)についてであるが、前述のとおり、本件意匠の形状が別紙第三のとおりであることは当事者間に争いがなく、これによれば本件意匠の構成は次のとおり説明できる。

(イ) 全体的にはやや横長で、上辺部、下辺部、左辺部、右辺部及び中央部やや左寄りの箇所に形成された中辺部からなり、中辺部を挾んだ左右にベルト挿通孔が形成され、上辺部及び下辺部は各々断面L字形に背面側に折曲されると共に左辺部及び右辺部は、その外側がいずれも外方に円弧状に形成され、内側はいずれも直線状にして左、右両辺部内側には、それぞれ、表側に傾斜突出する突出片部の形成された尾錠の基板と、

(ロ) 尾錠基板の背面側に、中央部にベルト挿通孔を有し、上、下両端部が尾錠基板の上、下両辺部の各折曲片に内接し、右辺部外側が外方に円弧状に形成されると共に同辺部内側に背面側に傾斜突出する突出片部が形成された摺動板裏板が位置し、尾錠基板の正面側に、尾錠基板の中辺部と右辺部間に、上、下両端辺が尾錠基板の上、下両辺部上に各々載り、右側辺部には五箇の半円形の切り込みにより歯部を形成した平板状の摺動板表板(歯板)が位置し、この摺動板裏板と歯板とが尾錠基板の上辺部と下辺部とを挾着する形で中間板を介して「く字」形に配列された三箇の鋲で固着され、歯板の歯部と尾錠基板の右辺部の突出片部とが対峙するように配置された摺動板、とからなる護身用ベルトの尾錠の形状。

2  ところで、成立に争いのない甲第六号証の一の一ないし三乙第二七号の三(審判請求書)中、当該事件の証拠として提出されている甲第五号証の二と証拠番号が付された写真部分、証人小紫庸良(第一回及び第三回)、同永島常次郎(第二回)の各証言、証人小紫庸良の証言(第三回)により、昭和三九年二月一七日ころ以後の原告の製品と認められる検甲第九号証並びに鑑定の結果を総合すると、(一)昭和三九年当時、安全帯関係の製品を製造していた業者が寄り集つて、「みどり会」という団体を形成しており、同会では年に一度各会員の製品の展示会を催し、その際それらの製品を掲載したカタログを発行していたこと、(二)昭和三九年八月発行の「みどり会々員製品カタログ」第一版、六八頁には原告の製品たる「ニチレナイロン藤井ツヨロン63柱上安全帯」のほぼ正面、尾錠部分の形状が充分認識し得る写真が掲載されており、しかも、その尾錠の形状は検甲第九号証と同一であり、原告はこの尾錠を用いた前記製品を昭和三九年二月一七日ころ以降、既に、公然と製造、販売していたこと、(三)右カタログ掲載の写真及び検甲第九号証から、右尾錠の形状は、

(イ) 全体的にはやや横長で、上辺部、下辺部、左辺部、右辺部及び中央部やや左寄りの箇所に形成された中辺部からなり、中辺部を挾んだ左右にベルト挿通孔が形成され、上辺部及び下辺部は各々断面コ字形に背面側に折曲されると共に左辺部及び右辺部は、その外側がいずれも外方に円弧状に形成され、内側はいずれも直線状にして、右辺部内側には表側に傾斜突出する突出片部が形成された尾錠の基板と、

(ロ) 尾錠基板の背面側に、中央部にベルト挿通孔を有し、上、下両端部が尾錠基板の上、下両辺部の各折曲片内に遊嵌され、右辺部は外側、内側とも直線上に形成された平板からなる摺動板裏板が位置し、尾錠基板の正面側に、尾錠基板の中辺部と右辺部間に、上、下両端辺が尾錠基板の上辺部と下辺部に内接し、右側辺部を上方に傾斜突出せしめて、その先端に六箇の半円形の切り込みにより歯部を形成した横断面〈省略〉状の摺動板表板(歯板)が位置し、この摺動板裏板と歯板とが中間片を介して「く字」形に配列された三箇の鋲で固着され、歯板の歯部と尾錠基板の右辺部突出片部とが対峙するように配置された摺動板、

とからなるものと看取できること、以上の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定事実(2(二))によれば、原告の「ニチレナイロン藤井ツヨロン63柱上安全帯」の尾錠の意匠は遅くとも昭和三九年八月には公知の形状であつたことが明らかであり(以下、これを「本件公知意匠」という。)、本件公知意匠と本件意匠とを、いずれも護身用ベルトの尾錠に係る意匠であることから、その最も看者の注意を惹くと考えられる正面図について比較してみると、既に述べた右各意匠の形状及び前記鑑定の結果によれば、本件意匠と本件公知意匠とでは、

(1) 尾錠基板の形状において、本件意匠では左右両辺部の内側に、表側に傾斜突出する突出片部がいずれも形成されているのに対し、本件公知意匠では右辺部の内側にのみ傾斜突出片部が形成され、左辺部には存しない点、

(2) 尾錠基板の形状において、本件意匠では上、下両辺部が断面L字形に背面側に折曲されているのに対し、本件公知意匠ではこれがコ字形に背面側に折曲されている点(但し、この点は正面図からは必ずしも明らかでない。)

(3) 摺動板表板の形状において、本件意匠では摺動板表板の上下両端辺が尾錠基板の上、下両辺部の上に各々載つているのに対し、本件公知意匠では摺動板表板の上、下両端辺は尾錠基板の上、下両辺部と内接している点、

(4) 摺動板表板の形状において、本件意匠では摺動板の表板が平板状であるのに対七、本件公知意匠では横断面〈省略〉状である点、

(5) 摺動板表板の歯部の形状において、本件意匠では半円形の切込みが五箇であるのに対し、本件公知意匠では六箇である点、

に相違点が認められるが、その余の点、即ち、本件意匠の基本的形状である「(イ)'全体的にはやや横長で、上辺部、下辺部、左辺部、右辺部及び中央やや左寄りの箇所に形成された中辺部からなり、中辺部を挾んだ左右にベルト挿通孔が形成され、左辺部及び右辺部の外側がいずれも外方に、円弧状に形成した尾錠基板と(ロ)'尾錠基板の正面側の中辺部と右辺部間に、右側辺部に歯部を形成した摺動板表板が「く字」形に配例された三箇の鋲で固着され、摺動板表板の歯部と尾錠基板右辺部の突出片部とが対峙するように配置された摺動板とからなる護身用ベルトの尾錠の形状」という点では前記両意匠は一致しているものと認められる。

4  右両意匠の異同についての比較検討の結果に加えて、前述のとおり、本件意匠には類似意匠として登録されている二件の意匠(意匠登録番号三一九一一三の類似一及び、二)があり、その形状は、前記甲第二一号証及び鑑定の結果によれば、別紙第八及び第九記載のとおりであると認められるから、この類似意匠、本件公知意匠及び本件意匠とを互いに比較してみると、少くとも別紙第九記載の類似意匠よりも本件公知意匠の方が、その尾錠板の意匠にしても、摺動板表板の意匠にしても、明らかに本件意匠に類似していると認められることをも総合勘案すれば、本件意匠は本件公知意匠と類似の意匠であるといわねばならない。

してみれば、本件意匠は本来意匠登録されるべき要件を欠歓した意匠であり、本件意匠権は無効原因を内包しているものというべきであるが、いやしくもこれが権利として登録されている以上、被告主張のように、権利の濫用として、その権利行使一切を認めないのは相当でなく、その権利範囲を最も狭く限定的に解し、その権利の及ぶ範囲は意匠公報及び前記類似意匠公報に掲載された図面と同一のものに限ると解すべきである。

右観点より被告製品A、Bの意匠を見ると、本件意匠と被告製品Aの意匠とでは、最も看者の注意を惹く正面図の形状において、既に、中辺部の鋲頭の有無、摺動板表板が尾錠基板の上、下辺部上に載つているか内接しているかの点及び摺動板表板の横断面の形状に明らかな差異が認められ、又本件意匠と被告製品Bの意匠とでは、同じく正面図において、尾錠基板全体の縦横の比率、尾錠基板左辺部での傾斜突出片部の有無、摺動板表板が尾錠基板の上、下辺部上に若干載つているだけか、この上、下辺部に沿つて断面L字状に折曲されているかの点、摺動板表板の左側辺部が直線状であるか大きく切欠かれているかの点及び同表板のに表れた鋲頭の個数に顕著な差異が認められ、これらの差異がある以上、被告製品A、Bの意匠は本件意匠と非類似の意匠といわねばならず、本件中右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  以上のことからすれば、被告製品A、Bが本件意匠に類似することを前提とした、原告の本件意匠権に基づく請求はその余の点について判断するまでもなく失当ということになる。

第三  結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中材捷三 裁判官 河村吉晃 裁判官辻川昭は転任のため、署名押印できない。 裁判長裁判官 中材捷三)

第一

別紙図面に示すように、上下両辺部1、2の裏側に相対向して内側に向く横溝3、4を設けた近似横日字型尾錠基板5の中辺部13をベルト基端部取付用の支持板となし、その尾錠基板5の右側ベルト挿通孔6の右側縁部を左方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部7を形成し、ベルト挿通孔8の左側縁部を右方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部9を形成すると共に、その挿通孔8の右側縁部25を突出片部9の平歯24の右端の直下又は夫れよりも左方にあらしめて成るベルト掛止用の摺動板10を強固に構成して之を上記の尾錠基板5に、その横溝3、4に嵌合させることによつて結合し、以て摺動板10を尾錠基板の右側ベルト挿通孔6内に左右摺動自在に取付けて、摺動板の突出片部9をベルト基板の突出片部7と対峙させてなる柱上安全帯尾錠。

本件考案

〈省略〉

第二

添付図面に示すように、上下両辺部1'、2'の裏側に相対向して内側に向く横溝3'、4'を設けた近似横日字型尾錠基板5'の中辺部13'をベルト基端部取付用の支持板とし、その尾錠基板5'の右側ベルト挿通孔6'の右側縁部を左方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部7'を形成し、ベルト挿通孔8'の左側縁部を右方へ延長して表側に傾斜突出する突出片部9'を形成すると共にその挿通孔8'の右側縁部25'を突出片部9'の平歯24'の右端の直下にあらしめて成るベルト掛止用摺動板10'を強固に構成して、これを右の尾錠基板5'に、その横溝3'、4'に嵌合させることによつて結合し、以て摺動板10'を尾錠基板の右側ベルト挿通孔6'内に左右自在に取付けて摺動板の突出片部9'をベルト基板の突出片部7'と対峙させ前記尾錠基板5'の横溝3'、4'に各々嵌合するバネ保持片26'、26'を設けた中間片27'を尾錠基板5'の中辺部13'の裏側に添わして固着し、バネ保持片26'、26'が嵌合している部分の横溝3'、4'に摺動板10'をベルト締着方向へ押圧するバネ28'、28'を設けた柱上安全帯尾錠。

添付図面の説明

第一図は尾錠基板の表面図

第二図はX-X線上の縦断側面図

第三図は第一図Y-Y線上の横断側面図

第四図はベルト掛止用摺動板の表面図

第五図は第四図Y'-Y'線上の縦断側面図

第六図は第四図X'-X'線上の横断側面図

第七図は第四図に示す摺動板の添板表面図

第八図は第七図の右側面図

第九図は組立てた尾錠の横断側面図

第一〇図はバネ装置を設けた状態を示す尾錠の表面図

第一一図はベルトの基端部を取付けたイ号物件にベルトの先部を挿通する場合を示す縦断側面図

第一二図は第一一図の場合においてベルト掛止用の摺動板によりベルトを掛止めした場合を示す縦断側面図

第一三図は第一二図の表面図

以上

被告製品

〈省略〉

第三

本件製品

意匠に係る物品 護身用ベルト

説明 本物品は高所において作業する場合にそれら作業者のにいて使用する護身用ベルトに取付ける為の尾錠である、底面図は平面図と対称にあらわれる

〈省略〉

被告製品

〈省略〉

第五

被告製品

〈省略〉

第六

別紙図面に示すように、人体腹部に適合し得る湾曲形に形成した基板の各縁部を折曲して、相対向する湾曲溝を形成し、基板の窓部に上、下二つの中間片を架設し、二箇所リベツト止めして、左右の矩形窓を区画形成し、下部中間片の両端にL字状保持片を、下部中間片とT字形をなさしめて、各保持片と下部中間片を一体に形成して、各湾曲溝の内部に各保持片をそれぞれ内在させ、各湾曲溝にスプリングを相対向させて遊嵌し、且、摺動板の両側端部を、相対向する湾曲溝に遊嵌して、各スプリングをL字状保持片と摺動板の両側端部との間にあらしめて、相対向するスプリングにより、摺動板の両側端部を常時ベルト締め付け方向へ押圧して、摺動板の挾着縁部の右端を基板の突出片部に圧着するようにし、摺動板の挾着縁部とその反対縁部は、いずれも表側に傾斜突出させ、ベルト挿通孔の右側縁部を挾着縁部の右端直下よりa(約二ミリメートル)だけ右方にあらしめ、基板における、摺動板と反対側の一辺部の内側に傾斜片を突設した尾錠。

被告製品

(一部横断)正面図

〈省略〉

第七

一 本件意匠と被告第一製品との差異

本件意匠 被告第一製品

(1) 全体 直線状 湾曲状

(2) 基板上下 上下折曲 上下二重折曲コ字形湾曲溝

(3) 基板右側縁部 傾斜部と水平部 傾斜片のみ

(4) 基板中間片 鋲なし 二つの鋲T字形バネ保持片

(5) 摺動板 (一)表板、中板、裏板(三つ)(二)くの字形(三つの鋲)(三)中板を短かくし、表板と裏板に形成した凹部で基板縁部をスライド (一)表板、裏板(二つ)(二)直線上(三つの鋲)(三)コ字型湾曲溝をスライド

(6) 摺動板表板 矩形孔よりはみ出し 矩形孔内に嵌入

(7) 〃 平面板 逆さ八字形

(8) 〃 半円切り込五つ 鋸歯状切込

(9) 摺動板の位置 左右自由スライド 常時右に圧接(バネによる。)

二 本件意匠と被告第二製品との差異

本件意匠 被告第二製品

(1) 全体 ほぼ長方形 ほぼ正方形

(2) 基板の左側上部右側上部 傾斜突出片あり傾斜突出片と水平部 水平面傾斜突出片のみ

(3) 摺動板 くの字形の三つの鋲 直線上の二つの鋲

(4) 摺動板の表板 (一) 基板の幅より小(二) 幅広部無し(三) カバーせず (一) 基板の幅より大(二)鈎状の幅広部(三) 基板の上下折曲線をカバーしている

(5) 摺動板の右縁部 半円状切欠五つ 波状 七つ

第八

意匠に係る物品 バツクル

説明 本物品は高所において作業をする際、作業者のにいて使用する護身用ベルトに取付げる尾錠である.平面図は底面図と対称にあらわれる

〈省略〉

第九

意匠に係る物品 バツクル

説明 底面図は平面図と対称にあらわれる

〈省略〉

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